【生きづらい人生】会話しない兄弟、無神経な母親、無視するいとこ。

2020-04-03

無視する従姉妹(いとこ)

親戚の葬儀で久しぶりに従姉妹を見掛けた。

幼いころ、母の実家でトランプなどをして遊んだのを思い出した。

目が合ったのでこちらから会釈したら目をそらされた。

・・・無視!? 

親戚の集まりで会釈されたら、たとえ見覚え無くても、会釈返すだろ普通・・・

コミュ障の気がある私も会釈ぐらいは返すぞ。

そんな中、おせっかいな母は、

「○○ちゃん(従姉妹)と話したら?」

でかい声で言って来る。

あのさぁ、話したかったら自分で話しかけるから!

お互い話し掛けないってことは

察しろや・・・

しつこく話せ話せと言って来るので、

「話すことないよ」

と母親にだけ聞こえるくらいの小声で言うと、

「話すこと無いったってさぁ、話せば良いのに~」

遠くにいる従姉妹にも聞こえるどでかい声で言うので、いい加減キレそうになった(-_-;)

会話のない兄弟

うちの兄弟は、もともとあまり会話が無かった。

それぞれ親元から離れてからはそれが一層顕著になり、実家で会っても挨拶・会話一切しない。

兄弟の結婚・出産は全て親から間接的に知らされる。

親が死んだら最後、兄弟と会うことは無いだろう。

「兄弟は他人の始まり」というが、どうしてこんな兄弟になってしまったのか。

小さい頃から会話はほとんどなかった。

2歳離れた兄は勉強も運動もできない人だった。

中学1年生の時、兄は3年生。

先生から「お兄ちゃんにも勉強するように言ってね。」「兄ちゃんに勉強教えてやれよ。」

そんなことを言われていた。

兄の同級生からも、からかわれることがあった。

ドラマや漫画に出て来るかっこいいお兄ちゃんに憧れた。

私には弟もいる。

弟の結婚式のこと。

私は参列者全員のご祝儀を預かる役目を頼まれた。(式後に自宅で一時保管する)

私は式場から自宅まで1人で電車とバスを乗り継いで移動なので、数百万分のご祝儀を持って移動するのは正直負担だ。

弟夫婦は嫁の実家近くに住んでおり、嫁の親族宅は近隣に密集している。

「車なのだから向こうの家族に頼めば良いのに」と正直思った。

しかし、お祝い事で断るのも悪いと思い引き受けた。

結婚式当日、親族は一般の参列者より早く来るよう打診されていたそうなのだが、私にはその連絡が無く、一般の参列者と同じ頃式場に到着した。

式場に向かう途中親から「いつ式場着くの?とっくにみんな着いてるよ。」という連絡があり、そのことを知った。

私は不本意にも遅刻したような形になってしまった。

受付の男性二人に「お世話になっております。○○の姉です。」と伝えると、二人は顔を見合わせ不敵な笑みを浮かべた。

式が終わる頃、大量の祝儀袋が詰め込まれた紙袋を式場スタッフから渡された。

は雨。

紙袋かよ💧

しかもペラペラの薄い紙袋。

嫌な予感しかしない。

帰路、早々に紙袋の底が破けてきた

ご祝儀が落ちそうになるのを、傘を差しながら必死に押さえて帰った。

ちゃんとしたバッグ用意しておけよ・・・💧

しかも、なぜか私だけ引き出物が用意されて無かった。

私は弟が結婚することを知ってすぐ、私個人でご祝儀を10万円を送っていた。

こんな気を遣う役割までやって、引き出物も無し?

意味が分からない。

さすがに親にグチった。

数日後みんなのご祝儀を弟夫婦に渡す際、弟夫婦からお礼として個包装のクッキーが数個入ったちっさい布巾着をひとつ渡された。

それはこんな感じの袋。

ご祝儀を預かる労力・精神的負担に対してこのお礼では全然割に合わないと思ったが、この二人に終始笑顔で接した自分を褒めてあげたい。

別れ際、弟が言った。

「じゃあ、お疲れ!」

会話のない兄弟

お疲れじゃねぇよ!!

無神経な母親

母親に対してわだかまりがある。

兄弟の中で私だけ誕生日を忘れられていた。

誕生日プレゼント、クリスマスプレゼント、お年玉・・・

そういうものは、親からほとんど貰ったことがない。

別に金品が欲しいわけじゃない。

プレゼントはお互いやらない方針と思えば、プレゼントだのお年玉だの無くて全然結構だ。

ただ、他の兄弟は誕生日にお祝いがあったが、私の誕生日には無かった。

忘れているのか、わざとなのか分からないが、それはどっちでも良い。

私だけ無いという事実、それが全て。

私が風邪をひき家族に風邪をうつしてしまった時、母親から

「どうしてくれんの!?」

責められた。

私は兄弟から水ぼうそうをうつされて顔に一生消えない痕が残ったが一度も責めなかった。

子から風邪をうつされて責める親なんてあり得ない。

子供の頃から、私の洗濯物だけ一緒に洗濯してもらえず、自分で洗っていた。

私の洗濯物だけ放置されていた。

小学校の遠足のお弁当はコンビニのサンドイッチひとつ。

友達が私をかわいそうに思っておかずを分けてくれたのだが、とにかくみじめだった。

学校でのお弁当の日、弁当の半分が白米で残り全部がアメリカンチェリーという、ぶっ飛んだ弁当の日もあった。

私は恥ずかしくて、弁当を隠しながら食べたのを今も覚えている。

家庭科教材の裁縫セットも買ってもらえず、兄の裁縫セットを借りに行かなければならなかった。

兄は物の扱いが悪く糸切バサミが錆びつかせてしまい、見かねた担任が錆を落とそうとしたら刃が折れ、折れた糸切バサミを使うことになってしまった。

私以外の全員が新品の裁縫セットを購入しており、私だけうす汚れた袋に入った裁縫セットを使うのが嫌だった。

ちなみにうちは貧乏ではない。

だから余計腹が立つ。

母親は小さい頃習い事を全然させてもらえなかったということで、身代わりの様に私はいろいろな習い事を強制された。

小学生だったある日、ピアノの日を私も母も失念してしまった。

母が気付いた時にはとっくに私のレッスン時間が過ぎていた。

私は遅れてピアノに行きたくなかったが、母は私をピアノ教室の前に置き去りにした。

ピアノの先生から「他の生徒のレッスンが無かったから良いけど。レッスン時間が終わってから来るなんて非常識だよ!」と叱られた。

非常識であつかましい母のせいで説教されてしまった。

先生も私を連れて来た母に文句を言えばいいのに、母には何も言わず社会的弱者の子供に文句を言うとは人間性を疑う。

母はケチなくせに私にいろいろな習い事させ、「これだけ習わせてやってるんだからその他にはお金を使わない」という考えがあったのなのかもしれない。

いい迷惑だ。

田舎の中学では通学困難のため自転車通学が許されていた。

母はどこからかギア無し自転車を買って来たのだが、すぐに異音を立て始めた。

あまりに大きい音で、騒音が走っているようなものだった。

ある時「うるせぇ!!」と歩行者男性に怒鳴られ怖い思いをした。

中学や高校に進学する際には、制服を買うという名目で親戚がくれたお年玉など貯めていたお金を全て取られた。

子供から金を巻き上げたのだから、少しはまともな自転車を買ってほしいものだ。

体調が悪く「学校休む」と母に言うと、頭を殴られ号泣する私を無理やり学校へ連れて行かれた。

それがトラウマとなり以降体調が悪くても無理して学校へ行った。

幼いころの習慣・トラウマは怖いもので、会社に入っても休みたいと言いづらく、遠慮して有休も取得できない。

私が有休を取らないせいで、周りの社員が「有休が取りづらい」と文句を言われることもあった。

休みも取らず、無理がたたって不眠症を患い精神科の薬を飲まないと眠れなくなってしまった。

私は祖父が大好きだった。

祖父の愛は、まさに無償の愛といえるものだった。

しかし祖父と母は仲が悪かった。

私が小学生の頃、祖父は別居することになってしまった。

祖母は他界しており、祖父は60歳を過ぎて食事を自分で用意しなければならなくなった。

母が祖父を追い出したのだと思い、憎らしかった。

近所の人には、「食事が合わないから別居することになった」と説明し、世間体を気にした発言に嫌気がさした。

一人暮らしを始めると母から食器が送られて来た。

その皿に盛ったおかずを電子レンジで温めたら火花が!!

会話の無い家族

金属の粉を使った皿だったため火花がでたのですが、18歳の私にはそんな知識は無く・・・

送られた皿4枚とも金属の粉が使われていた。

レンジ不可で使い勝手が悪い不要な皿を私に押し付けよう考えたのだろう。

社会人になると、母は勝手にお見合い話を掻き集めるようになり、自宅に相手の写真が送られて来るようになった。

田舎では晩婚は世間体が悪いためだ。

兄が30歳頃になると、兄の嫁探しも始め、私の地元の友人A子にしつこく縁談を持ちかけるようになった。

直接A子から何も言われたことはないが、A子はかなり迷惑していたようで、友人B子に相談していた。

ある時、B子から、

「あんたのお母さんウザいよね。」

真顔で言われた時はショックだった。

A子に対する申し訳ない気持ちで一杯になった。

職場にも平然と電話をして来る。

私が席を外している間に、電話に出た先輩社員に「親戚が破産した」などと話していたことも・・・

無神経な母親

私は母から嫌われていたと思う。

なぜ嫌われていたのかは分からない。

他の兄弟より勉強も運動もできたのに。

天涯孤独で良し

親兄弟に一生会わなくても連絡を取らなくても平気だ。

私が友人などに「母親が嫌いだ」と言うと決まって

「育ててくれた親に対して・・・」とか

「親をそんな風に言うなんて・・・」

と非難して来る奴がいる。

「過保護に育てられたヤツには分からないよ」と内心思っている。

最後に

これから親になる人に伝えたい。

子供には惜しみない愛情を注いでほしい。

そうしないと子供の自己肯定感が低くなると思う。

周りから暗いと言われ、目立つことをためらい勉強も運動も実力を出さなくなった。

親の自慢の種になるのも嫌だった。

私がもっと自己肯定感が強い人間だったなら、もう少し輝かしい人生の道筋を選択できたのではないかと思っている。

最後に人間関係に悩む方にお勧めの本を紹介します。

 

「筋トレ?ムキムキなんて興味ないよ」と思っていた私でしたが、心に刺さって筋トレするようになりました。泣ける実録漫画に大いに共感。

 

 

サウナに通う人々の哀しくもおかしい人間模様を見事に描いています。